積み重ねてきた技術の新たな可能性と挑戦 火災を発見する技術を応用した橋梁など構造物の劣化診断技術

センシング技術を応用した橋梁など構造物の劣化診断技術


能美防災は、事業の中核である「火災の防災」で得た技術と経験を基礎とした事業領域の開拓・拡大に挑戦しています。近年では、火災を発見するために培ってきたセンシング技術を応用した橋梁など構造物の劣化診断技術の実用化に挑んでいます。その挑戦に最前線で取り組む2人の技術者からお話を伺いました。

研究開発センター先進技術研究室長

山岸 貴俊

研究開発センター先進技術研究室

遠藤 義英

様々なケースにおける火災研究はもちろん
新しい技術研究に関することは何でも行う

まずはお二人が所属している先進技術研究室について教えてください。

山岸

研究開発センターには6つの研究室があり、先進技術研究室以外の5つの研究室はそれぞれセンサ系・制御装置系・消火設備系などの製品開発を主業務にしています。我々の先進技術研究室はその前段階の技術研究を主業務としています。様々な対象や状況における火災現象の研究はもちろん、新しい技術研究に関することなら何でもやっています。

お二人はこれまでどのような研究や開発に携わってきましたか?

山岸

私は制御装置から火災センサまで一通りの研究開発業務を経験しており、特に赤外線技術と画像処理技術は、長く担当してきました。遠藤さんは制御装置の方だったよね。

遠藤

はい、元々は制御装置系の製品開発をしている研究室で回路設計をしていました。火災センサから信号を受け取る中央処理装置側の仕事ですね。

構造物の振動を様々な物理量から多面的に分析し
健全性を診断するセンシング技術

構造物の劣化診断技術とは、どんな技術ですか?

山岸

当社の構造物劣化診断技術は、橋梁などの主構造物に加速度センサを取り付け、振動解析をすることで、構造物の健全性を診断する技術です。加速度センサからの信号を様々なディジタル信号処理を施して、構造物の状態を分析します。例えば、橋梁を車が通過した時の加速度情報を2重積分すれば変位量を算出できるので、その橋のたわみ具合が分かります。当社の加速度センサは重力加速度の印加方向もわかるので、加速度センサの傾き具合も分かります。そのため、継続的に常時監視してデータを蓄積していくと、橋が年を追うごとにたわんでいく様子も見えますし、たわみ具合と振動の具合を複数のセンサで計測することで、橋全体がどう動いているのか、どう捻じれているのか、何かしらの異常があるかも?といったことが分かるようになります。
それから、加速度データを周波数分析すれば、その橋がどのような周波数で揺れているかも分かります。橋の主構造に損傷が発生すると、健全な状態の周波数分布と比べて徐々に変化が現れてきて、これまでと違った揺れ方が加わってきます。このように加速度センサから様々な信号処理を行い、多面的に解析することで、構造物の状態を診断する技術研究を行っています。

他社の技術に比べて、何か特徴はありますか?

山岸

当社技術の大きな特徴は、加速度情報から複数の物理量を算出・分析して多面的に診断する、という点です。たわみの正確な測定や、固有振動の詳細な分析など、個々の物理量に着目した技術は多く見られますが、様々な物理量から多面的に分析する技術は比較的少ないと思います。
また計測システムの製品開発から信号処理・解析アルゴリズムまで、技術領域のすべてを自社で構築しているのも特徴の一つだと思います。計測するセンサの特性を理解し、最適な信号処理や分析を実現するには、システム開発から分析までを一貫して取り扱う方が、高い精度や信頼性が得られると考えています。主業務である自動火災報知設備に対する当社のポリシーが元々そういうものだったため、自然と行き着いた考え方でした。
それに加えて、自動火災報知設備のポリシーから行き着いた考えにより、長期間の常時監視システムとして実現した点も特徴の一つです。橋梁のような構造物の寿命は何十年と、非常に長い。何十年もの寿命があるものに対し、数年で性能が変化してしまうセンサを取り付けても、橋の健全性診断は困難です。当社の加速度センサは10年以上安定して性能を発揮できるため、寿命の長い構造物を長期間にわたって監視することができます。

遠藤

会社により技術・手法が異なるので、単純な技術比較はできませんが、橋梁のモニタリング分野では定期的・スポット的に計測する手法が主流で、当社のように常時継続的に計測する技術は少数派です。

山岸

橋梁は、5年に1度の目視点検が法律で義務付けられているので、その点検向けのツールとして活用するのであれば定期的な計測が有効です。しかし損傷が進み、いよいよ、この橋は危ないかも、という状態になれば、その橋から目を離せなくなります。我々は、常時監視することで異常の兆候を見逃さないことが重要だと考えています。

新技術研究への挑戦や取り組みは
寛容に何でもやらせてもらえる会社

構造物の劣化診断技術について挑戦した経緯を教えてください。

山岸

最初は笹子トンネルの天井板崩落事故がきっかけです。いろいろ調べて分かったのは、作業員による天井板を含め道路構造物の点検・維持・管理は、非常に大変だということ。それならば、当社の技術を活かして監視システムを開発し、異常時には警報を出せないか?というところから研究が始まりました。
これまで様々な道路構造物に加速度センサを設置してデータを計測してきましたが、中でも、渋滞情報などを表示する道路情報板については、加速度センサのデータから外力を推定し、健全性を監視する技術を実用化しています。
現在は、橋梁の健全性診断技術が我々の技術研究トピックとなっています。当社は、道路管理者、ゼネコン、建設コンサルタント、電気・通信メーカー、センサメーカーなどの各分野の専門家が連携してモニタリング技術を研究している、モニタリングシステム技術研究組合(RAIMS)に参加し、橋梁のモニタリング技術の確立を目指して研究を続けています。道路情報板のモニタリングの研究を通じて、当社が防災分野で培ったセンシング技術が構造物モニタリングの分野にも応用できることを確信していましたが、橋梁は個々に設計・構造が異なるため、難しい挑戦となることも分かっていました。
あらゆる技術研究に言えることではありますが、特にセンシング技術というのは、監視すべき対象のデータを計測してみないことには、できるかどうかがわかりません。まずは実際に計測して、我々の技術が通用するのかを見てみよう、という感じでした。当社は新しい取り組みに前向きな会社なので、我々のチャレンジを容認してくれました。何事もやってみないと何も始まりませんし、特に新技術研究に関しては寛容に何でもやらせてくれますね。

火災以上に個々の状況が異なる
橋梁の多様性に苦労する日々

これまでの研究とどのような違いを感じましたか?

山岸

我々のコア技術は、火災を見つけるためのいわゆるセンシング技術です。色々な環境でデータを取りながら、火災という異常を見つける技術を長年培ってきました。センサを作ってデータを計測し、様々な信号処理をして、普段とは違う状態を見つける。センシング技術の観点からすれば、火災の監視でも、構造物の診断でも、基本的な考え方は同じです。つまり、我々の一番得意な技術を使って、構造物モニタリングという新しい技術分野にも挑むことができる。RAIMSの専門家たちと協力し、互いの得意分野を持ち寄れば、新技術開発はできると考えています。
しかしながら、橋梁の多様性には苦労しています。国内には橋梁が70万橋くらいあり、同じ設計のものはほとんどありません。たとえ基本的な構造が同じでも、長さや大きさなど、細かい設計はそれぞれ異なるので、損傷の仕方も変わります。もちろん火災の分野でも同様に様々な状況があり、それはそれで大変難しいのですが、火災以上に個々の状況が違います。これまで長い時間をかけて貴重なデータを収集し続けてきたので、技術的には良いものができてきたとは感じていますが、まだまだデータの蓄積が必要だとも感じています。
特別な異常事態でも起こらない限り、橋梁は短期間で壊れるものではありません。そのため、橋が損傷していく過程のデータを集めるのは、とても難しいことです。だからこそ、異分野の専門家と協力して取り組むことが重要です。

遠藤

実際の橋梁からデータを取得するには、橋に加速度センサを取り付ける必要があるのですが、当社にとっては初めてのことなので、研究当初は当然ながら社内に経験のある人がいませんでした。確かに橋梁を計測する専門家も世の中にはいらっしゃいますが、それは特殊な専門技術です。正しく橋に加速度センサを取り付けるノウハウは、社内外を探しても見つかることはありません。正しく、安全に、効率的に、どのように施工するかまで考えながらシステムを考える必要があります。自ら現場へ赴き、実際に作業する経験の積み重ねが大切です。

自ら手を動かし考えることの重要性と
実際の現場から得られるものの多さ

ご自身で取り付けの施工もしているのですか?

遠藤

はい。当初は、職人さんに作業を依頼していましたが、現在は、できるところは自分たちで作業しています。実際に自分で経験してみないことには、設置できる/できない、やりやすい/やりづらい、の判断がつきません。
加速度センサで振動を計測する場合、測る場所の選定が非常に重要になりますが、実際にその場所へセンサを取り付けができるかどうかは別問題です。例えば、下に河川が流れる橋では、そもそもアクセスすること自体が難しい、などということも多々あります。また、コンクリートの穴あけ一つとってもノウハウがあります。そのような現場のノウハウは、自分で経験して初めて気づくことができます。

山岸

使いやすい技術として実用化するためには、現場から学ぶことが欠かせません。設計者からすれば、こうすれば設置しやすいだろう、と考えたことが、実際の現場では使い物にならないこともあります。やはり実際に現場で経験することは重要です。
どのように設置して、どう計測すると、どんなデータが得られるのか、様々な現場での計測を経験したことで、徐々に理解できるようになりました。この現場での理想的な計測方法はこれだけど、現実的には実現が難しいから、こうすれば計測できるな、などの勘が働くようになりましたね。

現場での実験を大事にしているということですか?

山岸

現場で実験することは非常に大事です。しかし、技術的試行を現場で何度も行うのは現実的ではありません。様々な実験条件を作り、技術の有効性・妥当性を確認しなければならない技術試行段階では、例えば、調べたい目的に応じて模型実験を行います。過去には、道路情報板の模型や、橋桁の模型を作り、実験を行いました。ただし、模型は模型のため、実物と全く同じにはなりません。模型実験で様々な条件をつくり、技術的な傾向を判断して実現場で確かめます。
構造物モニタリング技術に限らず、センシング技術の研究では、実現場でも、実験場でも、状況に応じて様々なところに行き、データを取って確かめます。実験室で高い性能が得られたとしても、実際の現場でも高性能とは限りません。実際の使用環境で確かめて初めて本来の性能が分かるため、やはり現場での実験を大切にしています。

構造物メンテナンス技術も広義の防災として考え
今後も技術領域を広げていく

この挑戦で得られた成果と今後の可能性について教えてください。

山岸

門外漢であった我々が、自社技術を応用して、異分野の構造物モニタリング技術分野で戦っています。橋梁モニタリング技術は、まだまだ研究段階の技術のため、技術面やコスト面でも課題は残ります。しかし、日本社会が抱える問題を解決する、ひとつの可能性を具体化できたと感じています。
現在、様々な災害対策や、インフラ整備技術など、社会的課題はたくさんあります。当社は火災防災が専門ですが、構造物メンテナンス技術も広義の防災だと考えています。今後も、広い意味での防災領域の技術研究の経験を積み重ねていき、当社の技術領域を広げていきたいと考えています。
また、構造物モニタリング技術の研究を通じ、新たに得られた知見は、本業の火災防災分野にも活かすことができます。火災防災の技術を異分野に応用し、得られたものを本業の防災技術に活かす、ということですね。

最後に、学生の方にメッセージをお願いします。

好奇心を持って常に新しいことに
チャレンジできる人と一緒に仕事がしたい

遠藤

当社の研究開発業務には、新しいものに興味が持てる/楽しさを感じられる人が適任だと思います。この会社は、新しいことは大歓迎でやらせてもらえるので、好奇心旺盛な人に来てもらいたいです。

山岸

大学生・院生である今が、人生の中で学べる環境が最も整っている時期です。この時期を逃さず、しっかり学んでおけば、後々、必ず良いことがあります。ぜひ頑張って勉強に励んでください。技術者として情熱を持って新しいことがしたい人、本当にモノづくりが好きな人は、ぜひ一緒に仕事をしましょう。

※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。